音を鳴らすための条件(吹鳴条件)

音が鳴る仕組みで解説したように,フルートの発音は,息(ジェット)と楽器内の空気が相互作用することによって維持・促進されています.吹き方や楽器形状の違いによって,その相互作用の仕方が変わることで,音が変化します.

そのため,演奏者は息の方向やスピード,唇の位置等をコントロールして演奏しています1,2.また,様々なメーカーから様々な製品モデルが販売されており,楽器によって音や吹奏感に違いがあることが知られています.

吹き方や楽器形状によって,なぜ音が変化するのか,また,どのように吹き方を変化させるとどう音が変化するのか,を科学的に明らかにすることで,演奏技術習得や楽器製作に役立つと考えられ,これまで様々な研究が行われてきました.

こうした研究では,「吹き方」を,物理的に独立した吹鳴条件に分解して定義しています.フルートの場合の主な吹鳴条件※補足a,bを,表1に示しています.この定義は,参考文献3に基づくもので,研究グループごとに定義の差異はある※補足cものの,本質的な意味合いは整合しています.流速以外は,ジェットと楽器の幾何学的な条件によって決まります.幾何学的条件は,言葉で説明するより図のほうが理解しやすいため,図1に示しています.

表1 フルートの主な吹鳴条件

吹鳴条件説明
流速※補足d息(ジェット)の速さ
出口-エッジ距離アパチュアからエッジまでの距離
偏心値ジェットがエッジを通過するときの,ジェットとエッジの距離(ジェットがエッジからどれだかズレているか)
吹込み角度楽器に対する息の向き
ジェット厚さアパチュアの縦の長さ
ジェット幅アパチュアの幅
図1 フルートの主な吹鳴条件

個々の吹鳴条件がピッチ,音色,音の強さに与える影響については,理論や実験,コンピュータシミュレーションによって研究されてきています3.しかし,人間が演奏する場合は,必ずしも吹鳴条件を個別に変化させているとは限りません.例えば「息の方向」を変化させることで「吹込み角度」と「偏心値」が同時に変化しているかもしれないですし,演奏者によっても変化のさせ方が異なるかもしれません.そのため,人間が吹き方を変えた場合に音がどう変わるか,をこれら研究結果のみから解説することはできませんが,出したい音を出すための予備知識にはなり得るかもしれません.そこで,個々の吹鳴条件と音との関係について,今後解説していきたいと思います.

コメント

個人的には,吹鳴条件の音への影響を常々考えながら練習しています.(こういう研究をしているので….)練習不足などで調子が悪いなと感じるときは,物理的に何がこれまでと変わってしまったか,原因を特定しようと試行錯誤しています.それが必ずしも当たっているとは限らないけれど,やみくもに練習するよりは,効率的な気がします.

補足

a ジェット変動への影響が数多く研究されてきている吹鳴条件という基準で「主な」ものを選びました.表1に挙げたもの以外にもありますが,細かくなるので省略.

b リコーダーやオルガンパイプ等,他のエアリード楽器も,同様の吹鳴条件が定義されています.どの吹鳴条件は演奏者が変化させることができて,どの吹鳴条件は楽器形状によって決まっているのかは,楽器によって異なります.例えば、リコーダーでは,流速以外は基本的に楽器形状によって決まります.

c 日本語の論文では,古いですが参考文献4, 英語の論文で比較的新しいのものでは参考文献5に様々な吹鳴条件が列挙されています.最近は日本の研究者も英語で論文を書くことが多いので,日本語の論文はどうしても古いものになってしまいます.

d 吹奏圧(口腔内圧)を上げるほど,息の流速も上がるという仮定に基づき,流速の代わりに吹奏圧で定義する場合もあります.

参考文献

1 H. Altès. Célèbre méthode complete. Millereau, Paris, 1880 (reprinted by Alphonse Leduc, Paris, 2005).

2 M. Debost. The simple flute: from A to Z. Oxford univ. press, New York, 2002.

3 K. Onogi. Analysis for Jet Fluctuation and Acoustic Radiation of Flute-Like Instruments. Ph.D. thesis, Toyohashi univ. tech., 2022.

4 安藤. フルートの駆動条件と発生音圧レベルおよび基本周波数との関係(フルートの実験的研究 I). 日本音響学会誌. 26, 253−260, 1970.

5 C. Vauthrin, B. Fabre, and I. Cossette. How does a flute player adapt his breathing and playing to musical tasks?. Acta Acust. 101, 224-237, 2015.