ジェット変動を表す数式
これまでの記事は,数式を使わずに説明してきましたが,主に理系の読者向けに,こういったテーマにしてみました.
音が鳴る仕組みでは,ジェット変動と音の関係を説明しました.ジェット変動の物理的な特性を調べることで,吹鳴条件によってその特性がどう変化し,どのように音に影響したかを議論できるようになります.そこで,ジェット変動を数式で表す(モデル化する)試みが行われてきました.これら数式では,ジェット変動の特性を複数の変数で表しています.これまで様々な数式が提案されてきており,時代とともに実験やコンピュータ・シミュレーションが高精度化するにつれ,より厳密にジェット変動を表す式に改良されています.厳密になるほど変数が増え,複雑なので,ここではシンプルかつエアリード楽器の研究分野でよく知られている数式を紹介します.
Fletcherら1は,ジェットの時間的,空間的変動を以下の式で定式化しました※補足a.
この式はジェットの変位(\(\eta\))を表しており,\(x\)が主流方向(ジェットの出口(唇)からエッジに向かう方向),\(t\)が時間です.その他の変数の意味は表1の通りです.この式は,音響学的変動成分(赤字の第1項)と流体力学的変動成分(青字の第2項)の重ね合わせでジェット変動を表しています.音響学的変動成分は\(t\)のみの関数であり,ジェット全体が管内の空気の変動とともに上下に揺らされることを意味します.流体力学的変動成分は\(t\)および\(x\)の両方の関数であり,出口で励起された初期変動が下流に向かって指数関数的※補足bに増幅しながら対流していくことを意味します.流体力学的変動成分は出口からの距離とともに増幅することから,エッジ付近では,音響学的変動成分よりも流体力学的変動成分が優勢になります.
表1 Fletcherらの式1の変数
変数 | 意味 |
\(V_{\mathrm{ap,amp}}\) | 歌口開口部周辺(マウス部)の音響粒子速度 |
\(\omega\) | 角周波数(\(=2πf\), \(f\):周波数) |
\(\alpha\) | 増幅係数 |
\(U_c\) | 対流速度 |
この流体力学的変動成分を特徴づける変数が,増幅係数\(\alpha\)と対流速度\(U_c\)です.\(\alpha\)※補足cはジェットの空間的変動を特徴づけており,ジェット変動が下流に向かってどの程度増幅するかを意味します.エッジ付近でジェット変動がどのくらいの大きさ(振幅)になるかは,主に\(\alpha\)によって決まります.ジェットの振幅が大きいほど大きな音が生成される※補足dため,\(\alpha\)は音の大きさに影響する変数です.また,対流速度\(U_c\)は,ジェットの時間的変動を特徴づけており,出口で励起されたジェットの初期変動が,どのくらいの速さで下流に伝達されるかを意味します.\(U_c\)と出口からエッジまでの距離(\(l\))によって,エッジ付近でジェットが上向き/下向きになるタイミングが決まります.管内の空気が高圧になったタイミングでジェットが管内に入る,というのが最も音が鳴りやすい関係(「音が鳴る仕組み」参照)ですので,\(U_c\)と\(l\)によって音の鳴りやすさが変化することになります.\(U_c\)はジェットの流速に比例することがわかっています※補足e.そのため,音を鳴らすためには,息の速さや唇とエッジとの距離が適切である必要があります※補足f.
この記事では,ジェット変動を表す数式を紹介し,音への影響について少しだけ触れました.音への影響について,より詳しくは,ジェット変動による音の駆動の仕組みを説明したほうがよいと思われます.これについては,今後解説していく予定です.
補足
a Reyleigh(The theory of sound, 1894)の不安定性理論がもとになっています.ジェットは出口から噴出されると,管内の空気変動(音響場)にさらされて不安定に揺れ動きます.その時間的,空間的なジェットの振る舞いが理論的に研究されてきました.音が一定に鳴っている定常状態では,時間的というより,空間的に不安定な状態,つまり出口から噴出されたジェットの変動は,下流に向かうにしたがって徐々に増幅されていく状態になっています.ジェットは,出口を出たすぐ近くではごくわずかに上下に変動しているだけですが,下流に向かうにつれてその変動が徐々に大きくなっていきます.何も障害物がなければ,そのまま徐々に複雑な流れになり,乱流化しますが,リコーダーやフルートの場合はその前にエッジにぶつかるので,乱れた流れではなく上下に変動する様子が理論式であらわされています.ただし,この理論式は,音響場にさらされたジェットの振る舞いをあらわしたものであり,「楽器であること」が考慮されていません.実際の楽器吹鳴では,ジェットの出口(フルートの場合は唇)やエッジがありますが,そういったものがジェットの変動に与える影響は考慮されていません.また,倍音についても考慮されていません.そのため,実際の楽器吹鳴におけるジェット変動は,理論式のとおりではなく更に複雑ですが,本質的には,この理論式であらわされているような変動をしていると理解して構わないと思います.
b \(\cosh\)が用いられていますが,指数関数的な変化になります.
c \(\alpha\)はジェットの出口形状によって変化することが参考文献[4]の可視化実験から報告されていますが,フルートを対象とした研究ではありません.フルート演奏で,奏者がアパチュア形状を変えた時に\(\alpha\)がどの程度変化するか,については今後の調査が必要です.
d 詳しくは別途解説予定.参考文献2,3の流量駆動に関する説明が参考になります.
e \(U_c\)は,出口でのジェットの流速の半分程度5.
f 息の速さは音の大きさにも影響します.また,息の速さと唇とエッジとの距離の関係は,ピッチにも影響します.これらは,ジェット変動と音の駆動の仕組みから説明されています.
参考文献
1 N. H. Fletcher. Sound production by organ flue pipes. J. Acoust. Soc. Am. 60(4), 926-936, 1976.
2 N. H. Fletcher and T. D. Rossing. The physics of musical instruments. 2nd edition, Springer verlag, New York, 1998.
3 S. Yoshikawa. Vortices on sound generation and dissipation in musical flue, in Vortex Dynamics Theories and Applications (edited by Z. Harun), Chap. 3, IntechOpen, London, 2020.
4 P. de la Cuadra. The sound of oscillating air jets: Physics, modeling and simulation in flute-like instruments. Ph.D. thesis, Stanford university, 2005.
5 S. Yoshikawa. Jet-wave amplification in organ pipes. J. Acoust. Soc. Am. 103(5), 2706-2717, 1998.