フルートの音はカルマン渦によって鳴っているのか?

音が鳴る仕組み」では、フルートの発音をジェット(息)の上下変動から説明してきました。しかし一部のネット記事や書籍では、フルートの音は「カルマン渦」によって生み出されている、と述べられています。むしろ、この「カルマン渦」説のほうが、演奏する人には有名かもしれません。

「フルートの音ってカルマン渦から出ているんじゃなかったの?」

という質問も寄せられましたので、「カルマン渦」説について補足します。

カルマン渦列は、物体の後部に周期的に発生する渦列のことを言います*1

Karman's vortex
図1 カルマン渦

一方、「音が鳴る仕組み」で説明してきたジェット(図2)は、このような渦列状にはなっていません。これまでの研究によると、通常の演奏状態であれば、ジェットはほとんど渦列状にはならず、上下に変動しながら吹き出し口(唇)からエッジまで到達し、共鳴管内の空気に作用することがわかっています*2,3。そのため、渦列ではなく、ジェットの上下変動(によって共鳴管に流入する空気の量の周期的な変化)が、主な音の発生要因と考えられています*2-6

ジェットと管内圧力の変動(解説付き)
図2 ジェットと管内圧力の変動(解説付き)※「音が鳴る仕組み」の図を再掲

ちなみに、このジェットの上下変動のことを(そもそも渦ではないし、物体後部で発生する挙動でもないので)「カルマン渦」とは呼びません。

一部のネット記事や書籍では、エッジに衝突した後の空気の流れがカルマン渦列状になって音を発生させている(図3)と解説されています。しかし、筆者が見た限り、衝突によって流れが周期的な(カルマン?)渦列状になることについて、実験等で確かめた論文等は引用されておらず、この解説の根拠を確かめることはできていません。仮に、カルマン渦列状になるとして、その渦の放出周波数=音の周波数になるとしたら、ピッチは息のスピードに比例して上昇するはずです。しかし、実際には、ピッチは息のスピードとともにある程度は上昇するが、それは比例関係ではなく、ある程度まで息のスピードを上げると1オクターブ上の音にジャンプしてしまうこと、また、息のスピード以外にも、吹き出し口からエッジまでの距離も、ピッチに影響することがわかっています*7。この現象は、渦ではなく、ジェットと共鳴管内空気の変動のタイミングによって説明されています*4,7。(他にもピッチに影響する要因はあるものの、話が脱線するので、ここでは省略。)

よく見かける、フルート周りの気流を説明した図の例
図3 よく見かける、フルートまわりの気流を説明した図の例

現段階での研究結果に基づくと、エアリード楽器(フルートやリコーダー等)の通常の発音は、ジェットの上下変動が主要因であり、「カルマン渦」によるものではないと考えられます。そのため、それを説明する図として、ジェットがエッジ衝突後にその形を失って渦列状になるといった図(図3)ではなく、ジェット本体の動きに着目した図(図2)が適当と考えています。

コメント

ここからは筆者の個人的な感想ですが、なぜ「カルマン渦」説が健在なのか?というのを考えると、学術研究の世界での研究成果が、実用界(演奏する人)にフィードバックされる機会がほとんどないため、情報がアップデートされてこなかったのが理由かもしれません。最新の研究結果=真実、とは限らないものの、様々な研究を積み重ねることで、徐々に真実に近づいていくと思います。最先端とまではいかなくても、世界中の研究者の間で検討されてきて主流になっていることについては、実用界にもう少しフィードバックされる機会があったほうがいいのかもしれません。楽器の研究に関しては、研究したからといって、すぐに演奏技術の向上につながるわけではない(例:カルマン渦かどうかなんて知らなくても演奏できる)ものの、吹き方を試行錯誤するうえでの参考情報になり得ると思うので、徐々にそんな情報を出していきたいです。

補足

ジェットの出口高さ(唇開口部の縦の長さ)と、出口(唇)からエッジまでの距離しだいでは、ジェットの上下面が別々に振舞って渦巻き、その渦列が共鳴管の中の空気に作用することで音が発生することがわかっています*8。ただし、この場合も、エッジに衝突した後に渦巻くのではなく、衝突する前(エッジの上流)に渦巻くとされています。

通常の楽器演奏状態では、このような状態にはなっていないと考えられています。

実際に、人間がフルートを吹いているときの状態を測定した研究もあり、その状態をコンピュータ・シミュレーションで再現した結果からも、ジェットは渦列状にならず上下変動していることが確かめられています*3

*参考文献

[1] 石綿良三,"流体力学," ナツメ社, 2007.

[2] R. Auvray, A. Ernoult, and B. Fabre. Time-domain simulation of flute-like instruments: Comparison of jet-drive and discrete-vortex models. J. Acoust. Soc. Am. 136, 389-400, 2014.

[3] K. Onogi. Analysis for Jet Fluctuation and Acoustic Radiation of Flute-Like Instruments. Ph.D. thesis, Toyohashi univ. tech., 2022.

[4] N. H. Fletcher and T. D. Rossing. The physics of musical instruments. 2nd edition, Springer verlag, New York, 1998.

[5] B. Fabre. Flute-like instruments, in Acoustics of musical instruments (edited by A. Chaigne, J. Kergomard), Chap. 10. Springer Verlag, New York, 2016.

[6] S. Yoshikawa. Vortices on sound generation and dissipation in musical flue, in Vortex Dynamics Theories and Applications (edited by Z. Harun), Chap. 3, IntechOpen, London, 2020.

[7] J. W. Coltman. Jet drive mechanism in edge tones and organ pipes. J. Acoust. Soc. Am. 60 (3), 725-733, 1976.

[8] S. Dequand, J. F. H. Willems, M. Leroux, R. Vullings, M. van Weert, C. Thieulot, and A. Hirschberg. Simplified models of flue instruments: Influence of mouth geometry on the sound source. J. Acoust. Soc. Am. 113(3), 1724-1735, 2003.